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注意:このページはこの内容にその後の再反論を追加して構成したもの。第二刷補遺はここおよびここによる。第三刷補遺の山本氏の発言は伝聞をもとにした本サイト管理者の作文。第四刷補遺の正誤箇所はここによる。第五刷補遺はこのNo.6858による。なお、どちらの発言者の意見も本サイト管理者が支持するものにあらず。(2003.01.19)

「トンデモ本の世界R:戦争論」関連FAQ第二版第五刷

改稿について
内容について
その他

改稿について

 まず最初に謝っておきます。すみません! あの文章の中では確かに何箇所か大きなミス(自衛隊員の数とか)をしています。それについては何人もの方からご指摘をいただきました。ここで書きはじめると長くなりますので、『トンデモ本の世界R』が文庫化される機会があれば全面的に改稿しようと思っています。

 こちらこそ恐縮です。
 山本先生の真摯な姿勢に大変感服いたしました。
 先生が提示なさった自衛官の数なんかは誤植の範囲に入ると思いますので(僕の持っているのは初版ですが、重版では訂正されていると聞きます)、そこを反論する気などありません。ですが、先生のおっしゃる「ミス」を具体的に挙げてもらえないことには、どの部分を評価・考察すべきか分からないのですが。

(第四刷補遺)

正誤表(トンデモ本の世界R 第1版第5刷での訂正箇所)

●13ページ
これは三七万人の自衛官に対する侮辱である。
    ↓
これは二三万人の自衛官に対する侮辱である。

内容について

 小林氏の主張では「(戦争状態ではない)98年当時の日本で、志願して自衛官になっている若者は平均的ではない」と思われますし、「祖国のために死ぬ覚悟のある(筈の)自衛官」に対する侮辱でもないのでは?

・「R:P12:平均的な姿だって? いったいどんな統計を根拠に、この軽薄な運転手〜を「平均的」などと決め付けるのだ? 今の日本にも祖国のために死ねる者は大勢いるのだ。これは三七万人の自衛官に対する侮辱である。自衛官が全員、戦争がはじまったら逃げ出すつもりだと思っているのか?」

・「戦争論:P17:戦争が始まったら、まっ先に祖国を捨てて自分だけ助かりたいから、自衛隊に入りたかった……! まさにこれが今の若者の平均的な意識なのだ」
・「戦争論:P360:祖国のために死ぬ覚悟の無い現代の人々など“私民”にすぎない」

・確かに小林氏の断定にも問題がありますが、小林氏の主張では「(戦争状態ではない)98年当時の日本で、志願して自衛官になっている若者は平均的ではない」と思われますし、「祖国のために死ぬ覚悟のある(筈の)自衛官」に対する侮辱でもないのでは?

 この論理は間違っています。小林氏は「自衛隊員は『今の若者』に含まない」なんて言っていません。それはあなたの勝手な解釈です。それどころか、

 
「戦争が始まったら、まっ先に祖国を捨てて自分だけ助かりたいから、自衛隊に入りたかった……! まさにこれが今の若者の平均的な意識なのだ」

 この文章は、「自衛隊に入りたい人間=まっ先に祖国を捨てて自分だけ助かりたい奴」というように読めてしまいます。これが自衛隊員に対する侮辱でなくて何ですか?
 それに、一人でも祖国を守って死ぬ覚悟のある者がいる以上、「今の日本に祖国ために死ねる者などいない」という断言が間違いであるのは明白です。

 その部分は確かに小林先生の乱暴な決め付けであります。その章だけをかいつまんで読んだらそう解する読者もいることでしょう。
 しかし、小林先生の主張は一貫して「『個』を捨て、『公』のために命を捧げる行為」を崇高なものとしているのですから、「日本を守るために志願した自衛官」を侮辱する意図があるとは思えませんが。
 現に、「戦争論:P295」でも、海外派遣される自衛官を冷淡にあつかう態度を、「残酷な国民だ」と批判しています。
 

 小林氏があげた五つの例の内、山本弘が検証しているのは「国際法違反逃亡」のみ。「デタラメを根拠に」とするならば、残りの四つの例も検証して、デタラメかどうか確認しなければなりません。

・「R:P14:どう考えたって両事件(レディバード号事件とパネー号事件)は日本軍のミス以外の何者でもない。こんなデタラメを根拠に、中国人を「ルール無視」「国際法違反」と非難するのだからたまらない」

・「戦争論:P133:(「便衣兵」「清野作戦」「同胞への略奪・暴行・殺傷」「督戦隊」「国際法違反逃亡」を例にあげて)とにかく支那(中国)軍は何から何までルール無視で周りを惨禍に巻き込む戦術をとるのだ」

・小林氏があげた五つの例の内、山本弘が検証しているのは「国際法違反逃亡」のみ。「デタラメを根拠に」とするならば、残りの四つの例も検証して、デタラメかどうか確認しなければなりません。

 この論理も間違いです。文章をよく読んでください。僕は中国人がルール無視をしていないなんてひとことも言っていません(げんにやってます)。日本人だってルール無視をしてるのに中国人だけを非難したり、やってもいないことまで非難するのは変だろ、と言っているだけです。

 小林先生と山本先生の意見が激しく対立しているのは承知しています。
 小林先生の主張が、「中国人だってルール無視をしているのに(戦後50年間)日本人だけを非難したり、やってもいないことまで非難するのは変だろ」というものですから。
 ただ、その箇所は、「戦争論:P140:被害者のイメージが強い支那(中国)の残虐性・非倫理性を検証」しています。「日本人もやっている・やっていない」は関係なく、ただ中国人の検証をしているのです。もちろん、山本先生のご指摘の事実誤認はあります。ですが、その他の「ルール無視」がある限り、小林先生の中国人に対しての検証を「デタラメ」とするには当たらないと思いますが

 「戦争論」を良く読めば、少なくとも小林氏の主張する「特攻隊の死亡者数」の違いが理解できた筈ですが…

・「R:P16:さらに目立つのは、日本人の戦争被害が大幅に水増しされていること。『(特攻では)6000人の命が失われた』(実際は約三九〇〇人)、〜どうも小林氏には、祖国の被害を少しでも大きく見せたいという奇妙な願望があるらしい」

・「戦争論:P81:6000人の命が失われたこの特攻の成果は」
・「戦争論:P359:海軍・陸軍合わせて4000人以上が特攻死したのに、その責任をとった者はほとんどいなかったという。しかし現場で、特攻隊の若者と向かい合った者たちの中には、『責任をとるために』殉死する程の倫理観を示した者たちが多くいたのである」

・「戦争論」を良く読めば、少なくとも小林氏の主張する「特攻隊の死亡者数」の違いが理解できた筈ですが…

 理解できないです。「6000人」は単に書き間違いということですか?

 ・「戦争論:P81:6000人の命が失われたこの特攻の成果は」
 ・「戦争論:P359:海軍・陸軍合わせて4000人以上が特攻死したのに」
のことから、「4000人は特攻死」、「6000人は特攻作戦参加の末、戦死」とも理解できますが。
 同様にすると、陸軍水上特攻作戦における海上挺身隊(マルレ隊)全体の戦死者が約1700人(小林先生の主張)。実際にマルレ(特攻艇)に乗って(つまりミサイルになって)特攻死したのが192人(山本先生の主張)です。
 もちろん、勘定の仕方を明示していない小林先生に対して、山本先生が非難なさるのは当然のことです。
 しかし、少なくともこの数字の中には、山本先生のおっしゃる「大幅な水増し」や「祖国の被害を少しでも大きく見せたいという奇妙な願望」などは見受けられません。 (もちろん「数十万にのぼる少年兵たち…」は山本先生のおっしゃる通り、完全な間違いですが)

 「中国兵が同胞の民間人を襲撃して、便衣兵に化けるための衣服を奪う行為」と、「日本兵が戦列から脱落した同胞の兵士から、装備・衣服を奪う行為」を「同じ行為」とするのはかなり問題ですが。

・「R:P18〜P19:一二九ページでは、小林氏は敗走する中国兵が一般市民の服を脱ぎ取る場面を描き、『なんという卑劣さ…!』と憤る。ところがあきれたことに、二七七ページでは、敗走する日本兵が倒れた仲間の服を身ぐるみ剥ぐ場面を描いている。同じ行為でも、日本人がやると『卑劣』ではないのだ!」

・「戦争論:P129:兵が同胞の一般市民をはぎ取って化ける! なんという卑劣さ…!」
・「戦争論:P276〜P277:敗退期の日本兵の悲惨さなさまは、これはもう筆舌に尽くし難い〜ぬかるみにはまって動けなくなり、雨に打たれるうちに死んでいく者もいる。 だれかが忍び寄って来て、服をはがし靴や装具を盗っていく」

・「中国兵が同胞の民間人を襲撃して、便衣兵に化けるための衣服を奪う行為」と、「日本兵が戦列から脱落した同胞の兵士から、装備・衣服を奪う行為」を「同じ行為」とするのはかなり問題ですが。

 どう違うのでしょう? 同じ兵士なら何やってもいいんですか?
 誤解を招かないように言っておくと、僕は「人間が極限状況で卑劣な行為に走る」こと自体を非難したいとは思いません。ただ、それなら日本兵だけじゃなく、おびえて敗走する中国兵の心理も理解してやれ、と言いたいだけです。
 僕だって同じ状況に置かれたら、生き残るために他人のものを奪うぐらいはします。あなたはどうですか?

 日本兵の行動と中国兵の行動が同じであるという前提の理論ならば「同じ状況において行なわれた、同様の行為」について比較しなければならないと思いますが。
「中国軍の行為は犯罪でしかないが、日本軍の行為には正当性や緊急避難性の余地があると思います」

 「戦争論:P127〜P128」に資料を挙げて引用しているのですが…

・「R:P18:小林氏の資料の選択はかなり偏っていると言わざるを得ない。たとえば、中国人の対日ゲリラの卑劣なやりくちを非難するくだりで、例として挙げるのが『昔見た映画のシーン』だったりするからたまらない。頼むから、まともな資料から引用してくれ」

・「戦争論:P127〜P128」に資料を挙げて引用しているのですが…

 僕が述べているのはP.118についてなのに、別の箇所について反論されても困ります。
 ついで言うと、P.127〜P.128で小林氏が参考資料にしている大井満『仕組まれた“南京大虐殺”』(展転社)というのは、僕も読みましたが、実にひどい本です。というのもこの著者、『南京戦史』などの資料から引用する際、文章をそのまま書き写すんじゃなく、自分で大幅な脚色を加えるのです! 原文と読み比べてみると、あまりの違いに唖然となります。
 このウースン桟橋上陸事件は、『仕組まれた“南京大虐殺”』P.206からの引用ですが、そのさらに引用元は、鈴木明『「南京大虐殺」のまぼろし』(文藝春秋)P.155です。ところが他の箇所で参考資料をきちんと挙げている鈴木氏なのに、ここでは「ちょっとしたエピソードが伝えられている」と書くだけで、引用元を示していません。どうも伝聞を元に書いたようなのですね。実際のウースン桟橋上陸はすさまじい激戦だったそうで、女性たちが小旗を振って上陸部隊を迎えたなんて状況は考えられないそうです。
 しかも鈴木氏の描く事件は、小林氏のそれとはかなり違います。

 (前略)兵士たちは安心して、次々に桟橋に降り立ったが、それまで並んでいた女性たちの姿はたちまちにして消え、次に展開されたのは、中国軍による凄まじい一斉射撃であった。(後略)

 ご覧の通り、射撃が開始された際には女性たちの姿はなく、日本兵を攻撃したのは「中国軍」なのです。それが『戦争論』P.128では兵士の姿はなく、女性たちがバリバリと機関銃を撃っています!
 大井氏の文章を鈴木氏のそれと比較すると、やはり大幅な脚色がされているうえ、「中国軍」という単語が抜けています。それを読んだ小林氏は、女性たちが機関銃を撃ったと勘違いしてしまったわけです。鈴木→大井→小林という伝言ゲームによって、本来の記述とはかけ離れた内容になってしまったのです。
 ちなみに、例のP.133のレディバード号事件・パネー号事件のデタラメな記述も、『仕組まれた“南京大虐殺”』の中の不正確な表現を、小林氏がさらに誤読したことによるものです。
 僕が「小林氏の資料の選択はかなり偏っていると言わざるを得ない」「頼むからまともな資料から引用してくれ」と書いたのは、まさにこういうことなのですよ。巻末に挙げてある参考文献の中には『南京戦史』とかもあるのに、なんでわざわざ大井満とか田中正明とか東中野修道とか、問題のある人物の著書から孫引きするかなあ。

 確かに『昔見た映画のシーン』を例として挙げるのはおかしいですが、別のページに「資料を挙げて引用している」ことを明示しました。その下の山本先生の考察については、先生が引用なさった資料を調べてみます。

(第五刷補遺)

>>>このウースン桟橋上陸事件は、『仕組まれた“南京大虐殺”』P.206からの引用ですが、そのさらに引用元は、鈴木明『「南京大虐殺」のまぼろし』(文藝春秋)P.155です。

 読みました。山本先生のおっしゃる通り、「上海攻略戦」は過酷な消耗戦で、確かにあのようなことは考えられませんね。これについては、小林先生の重大なミスです。

(第五刷補遺)

 神風特攻隊によって沈められた五十隻余りの船舶の中で、「国際法の民間人保護義務」をうける船の資料を明示していただければ検証したく思います。

・「R:P19:小林氏はイスラム過激派のテロと対極に、日本の神風特攻隊を置き、賛美する。特攻隊は『民間人を殺すことなどできるわけがない』というのだ。だが、神風特攻によって何隻もの輸送船が沈められている。輸送船の乗員は民間人なのだ」

・「戦争論:P356:(イスラム原理主義の過激派は)何しろ単なる民間人や観光客を狙って、嬉々として殺戮できるのだから、その信仰心の強烈さは恐ろしい。特攻隊は天皇を本気で神と思って信仰していたわけではない。民間人を殺すことなどできるわけがない。テロではないのだ」

・「戦争論」の記述の場合、イスラム過激派が殺している「民間人」は平時に生活している単なる町の人間であり、戦時に米海軍の軍艦の指揮の下、兵站のために随伴している輸送艦の乗員を同列に「民間人」とするのはかなり問題があると思いますが。(「兵站」にあたる非戦闘員は戦闘員に準ずる扱いになり、攻撃しても「国際法における民間人の保護義務」の違反には当りません)
・小林先生は『テロではない』と強調しています。(「通商破壊」の概念が認められていたので、戦時に輸送船を攻撃目標としてもテロとは言えません)
・神風特攻隊によって沈められた五十隻余りの船舶の中で、「国際法の民間人保護義務」をうける船の資料を明示していただければ検証したく思います。

 

 

(第五刷補遺)

 民間人に偽装した中国兵、いわゆる便衣兵と、民間人である小林先生が「勇敢に」(つまり戦闘意志を示して)戦う行為を同列に「交戦法規違反のゲリラ」と扱うのも問題ではないでしょうか。

・「R:18:仮に今、どこかの国が日本に攻めてきたとしよう。自衛隊も総崩れになり、敵軍がついに本土に上陸してきた。そうなった時、小林氏はどうするのか? 外国に逃げる? いやいや、そんなことはあるまい。第一章でタクシー運転手に腹を立てた態度からすると、彼自身が武器を取って勇敢に侵略者に立ち向かわなければ、筋が通らない。 しかし、それはゲリラというのだ。 こうしたダブルスタンダードは、この本の随所に見られる」

・「戦争論:P118:便衣兵――つまりゲリラである。軍服を着ていない、民間人との区別がつかない兵である。国際法ではゲリラは殺してよい。ゲリラは掟破りの卑怯な手段だからである」

・民間人に偽装した中国兵、いわゆる便衣兵と、民間人である小林先生が「勇敢に」(つまり戦闘意志を示して)戦う行為を同列に「交戦法規違反のゲリラ」と扱うのも問題ではないでしょうか。
 


 

(第五刷補遺)

 小林先生は当時のアメリカの新聞記事を引用しているのに、正否はともかく、「どんな資料にもでてこない仰天の珍説」という批判はあんまりではないでしょうか。

・「R:P17:小林氏は、『南京の安全区の中に2万人の国民党ゲリラが入り込み、日本兵に化けて略奪・強姦・放火を繰り返し、これをすべて日本軍のしわざに見せかけていた』と、それこそ『南京戦史』をはじめどんな資料にも出てこない仰天の珍説を平然と書く」

・「戦争論:P137:1937年12月13日に日本軍が南京に入っているのだが、翌年1月4日に次の記事が『ニューヨーク・タイムズ』に載った。

南京の金陵女子大学に避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは支那(中国)軍から離れた陸軍大佐一名とその部下の将校六名を匿っていたことを発見して心底から当惑した。
・じつのところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで二番目に権力のある地位につけていたのである。
・この将校たちは支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから金陵女子文理学院の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中にライフル六丁とピストル五丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬を隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのものであると自白した。
・この前将校たちは南京で掠奪した事をアメリカ人や他の外国人たちのいる前で自白した。 また、ある晩、避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲った風にしたことも自白した。
・この前将校たちは逮捕された。戒厳令に照らして罰せられ、おそらく処刑されるであろう。

新聞にまで載ったこの事件」

・僕が一番仰天したのは「R」でのこの記述です。小林先生は当時のアメリカの新聞記事を引用しているのに、正否はともかく、「どんな資料にもでてこない仰天の珍説」という批判はあんまりではないでしょうか。

 

 

その他

 何度も言いますが、これら五つの検証は、「戦争論」と「トンデモ本の世界R」の二つの資料でできます。

 できれば他の資料も読んでください。ただし、くれぐれも東中野教授の本は信じないようにね(^^;)。

 「R」を執筆なさるにあたって、参考にされた資料を明示していただければ、読んでみます。特に、「R:P17:重慶爆撃の中国人犠牲者数万人」が手元の拙い資料には見当たりません。検証したく思いますので、教えていただければ幸いです。現在、先生が明示された参考資料は、

 ・「南京戦史」南京戦史編集委員会
 ・「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」本多勝一・藤原彰
 ・「南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記――」岡田良之助・伊原陽子訳、笠原十九司解説
 ・「目撃者の南京事件・発見されたマギー牧師の日記」滝谷二郎
 ・「仕組まれた“南京大虐殺”」大井満
 ・「『南京大虐殺』のまぼろし」鈴木明

ですが、山本先生が「R:P347」で挙げられた「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」(本多勝一・藤原彰)のコンビの著作を「一次資料」として扱うにはかなり無理があるのですが。
 はっきり言って、本多“中国の旅”勝一氏の記述などは全面的に信用できません。
 かつて、彼の「中国の旅」において、「南京大虐殺の証拠写真」として紹介されたモノは現在、ほぼ全てがデタラメ認定されていますし、「向井敏明少尉&野田毅少尉の中国兵百人斬り」も今となってはギャグでしかありません。
 まさに、山本先生の「トンデモ」に相応しい内容だと思います。
 僕が「R」に異を唱えたのも、この記述があったからです。

(第二刷補遺)

 「R:P17:重慶爆撃の中国人犠牲者数万人」が手元の拙い資料には見当たりません。

・「R:P17:重慶爆撃の中国人犠牲者数万人」

・『
戦略爆撃の思想』(前田哲夫 朝日新聞社)によれば「R:P16:一九三九年から四〇年にかけて」に限定すると9396人のはずです。
・また中国側の資料『重慶抗戦紀事』(1937−1945、中国人民政治協商会議四川省重慶市委員会文史資料研究委員会編)によれば一九三九年〜一九四三年の5年間で
1万1889人です。
この部分は「第五刷」でも「R:P17:数万人」のまま訂正されていません。

(第三刷補遺)

 まず数万人と言う数は、無知からきたミスである事を認めます。「R」での重慶爆撃の犠牲者数の根拠にしたのは、『日本海軍航空史 4戦史篇』(時事通信社)の記述からです。

http://j.people.com.cn/2001/06/06/jp20010606_6193.html
 (前略)しかし六月下旬中国人の伝えるところによれば重慶に相当の打撃を与えたことが窺われる。すなわち同情報は「(中略)重慶の最も大なる被害は五月九日の第三次爆撃によるものであって、死傷者約二万(死者一万二〇〇〇)、破壊家屋約三分の一に達し、そのため市民の間の反戦気運は著しく濃厚である」と。

 1日で1万人以上死んでいるのだから、度重なる爆撃ではもっと死んでいるはずと思っいましたが、正確な数が分からなかったので、「数万人」という曖昧な記述になってしまいました。現在では、5年間で死者は1万1889人、負傷者は1万4100人というのが定説らしいです。